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亀岡山岳会(KAC) 
例 会 報 告


2月例会;平成27年2月15日(日)天候;晴れのち曇り、一時時雨、寒冷

「醍醐山」:(454m)
 

リーダー;湯浅 博
参加者;名倉、守山、埼谷、山中、堀井、藤井夫妻、寺田夫妻。合計10名


 集合場所に8時45分に到着したが誰もいなかった。JRでも遅れているのかなあと思いつつ待っていたところ9時10分に山中さんが走ってきて、「皆、上にいますよ、ああ見に来てよかった」といいました。皆さんは私より前に来られ、勇んで醍醐山への出口に向かわれたのだった。
簡単に挨拶をし、2.5万分の1の地形図のコピーを配布してコースの説明をした。醍醐寺に着いたのは9:50になった。トイレ先の広場でそれぞれ自己紹介をしてもらった。女人堂で右に行けば¥600、左に行けばタダだった。我々はもちろん左に行った。最初は足場が悪い道であったが、結構下山してくる人も多かった。道の両側にはウラジロの群落があった。横嶺峠には約1時間で到着。峠には、上醍醐に行く標識はなく階段を登り後はよい道になった。五大堂へ至る道は、ロープが張られ以前は「横嶺峠から山科への道は通行止め」という立看板があった。
五大堂は毎年2月23日に「五大力尊仁王会」(にんのうえ)があり、力自慢の男女が鏡餅を持ち上げている。そこから開山堂へ行き眺望を楽しみながら昼食の予定だったが、寒い上にパラついてきたのでお堂の軒下で食事をした。ここで標高450mだった。男の人が、「国土地理院の三角点はどこですか」と尋ねてきたので、改めて地形図を見直しここには三角点がないのを知った。

 
 1時に准胝(じゅんてい)堂下の立看板で、「醍醐味」の語源を皆で見ていると池田さんがよくご存知であった。味の中で最上位だそうだ。地図で見れば、下の社務所の門を入って志津川に出るはずなのに「関係者以外は立ち入り禁止」の掲示があり、恐る恐る中に入ると志津川の源流に出て広場があった。そこに大木があり、「この木何の木やろ、ヤマモモかなあ」といったりしたが、「川勝さんを連れてこんと」となった。


 そもそも醍醐寺は、874年(貞観16)山頂の草庵から創まった。杉林を半時間ほど歩くと人家と茶畑があり地図で宇治市に入ったことを確認した。まとまった家並みに入り分岐点の柿の木に手書きの「洪水峠」の小さい木札が架かっていた。民家の薪作りの作業場のような所を抜け倒木の多いぬかるんだ道を詰めていって、道がなくなるかと思われた所にしっかりした道が現れた。快調に歩いて供水峠に至った。ここは宇治市と京都市伏見区の境界になっている。東側の宇治側は荒れているが西側の伏見側は道がよくなったが、「バイク進入禁止」の標識が多くなり、道の中央にわざと枝木をうず高く積み進入を妨げていた。


 2:45に長明石(鎌倉時代の歌人、鴨長明の隠棲跡)との分岐点に到着、そこへは行かず地下鉄石田を目指し3:16の太秦天神川行きに飛び乗ったが何とN倉さんがいないことに気づいた。(藤井さんの携帯で捜索)「めったに通れない所を通れて良かった」といって下さった方がおられたので、二度の下見の労が報われました。